江戸時代の猫ブーム、よく見ると猫のある部分が違う!

世は猫ブーム。SNSでは毎日猫の画像がシェアされ、猫がモチーフのグッズを集める人も多いです。しかし、日本の猫ブームはこれが初めてではありません。江戸時代後期、江戸の町では空前の猫ブームが巻き起こっていました。

中国から伝来し、上流階級でのみ飼われる特別な存在だった猫は、ひもや綱でつないでおくのが一般的だったそうです。変わったのは江戸時代が始まる前年の1602年。ネズミの食害を防ぐため、各地で猫の綱を解き放つことを命じるお触れが出されたのです。

これによって猫は庶民の間にも広まっていきました。

浮世絵や歌舞伎、着物の柄やおもちゃなど、あらゆるところで猫は取り上げられ、まさに猫ブーム到来。当時の様子は作品や資料で残されていて、江戸で暮らしていた表情豊かな猫の姿が見られます。いつの時代でも猫はかわいいですね。

しかし、よく見ると、現代の猫となにか違うことに気づきませんか? そう、しっぽが短いんです。

平安時代や鎌倉時代にはあったのに……?

江戸時代の作品で見られる猫のしっぽは、今の猫と比べて半分か1/3くらいの長さのものが多いです。昔の猫はしっぽが短かったのでしょうか。
江戸より前、平安から鎌倉にかけて成立した『鳥獣戯画』には、擬人化された動物たちがいきいきと描かれた作品です。なかには猫の姿も見られますが、現在の猫と同じくしっぽは長いです。

まだ科学が発達していなかった時代、江戸の人々は今よりずっと信心深く、ことあるごとに神仏を参拝し、縁起を気にしていました。それは飼う猫選びでも当てはまり、「縁起のいい猫」は人気があって優先的にエサをもらえたり、人に飼われて大切にされたりすることが多かったようです。

では、縁起のいい猫とはどんな猫なのでしょう。

縁起のいい猫:短いしっぽの猫

猫好きなら「猫又」という妖怪はご存知ですね。猫が長生きするとしっぽが二股に割れた妖怪になり、人に害を成すというものです。江戸の人々は猫又を恐れ、「猫はしっぽが長いと割れやすい=猫又になりやすい」と信じていました。猫又になる危険性の少ないしっぽの短い猫は人気で、残酷な話ですが、子猫のうちにしっぽを短く切ってしまうこともあったとか。

短いしっぽは劣性遺伝なので、繁殖するうちに長くなっていくのがふつうです。しかし、江戸時代は短いしっぽが好まれていたため選択して繁殖させた結果、短いしっぽの猫がたくさんいたようです。

そのほかに、猫の長いしっぽがヘビを連想させる、猫のしっぽに火がついて火事になったなどという説もありますが、とにかく短いしっぽが好まれていたのは真実のようです。
実際にはさまざまなしっぽの猫がいたでしょうが、江戸時代の人は猫をモチーフにするとき、縁起のいい短いしっぽの猫を選んだのでしょうね。

縁起のいい猫:三毛猫

古来より日本では「3」が縁起のいい数字とされてきました。ことわざや伝統など、「3つ」や「3回」がキーになっているものがさくさんあります。
そのため、江戸では3色の毛色を持つ三毛猫が縁起のいい柄として好まれました。猫の柄が三毛ばかりだったというわけではなく、選んで三毛が描かれていたというわけですね。はっきりした柄が映えるという理由もあったようです。

縁起物として有名な招き猫は江戸時代に作られたものですが、伝統的なデザインだと、三毛でしっぽがほとんどありません。

縁起のいい猫:尾曲がり猫

しっぽの短い猫や三毛猫のほか、「かぎしっぽ」の猫も江戸っ子に好まれていたようです。かぎしっぽは通常の長さはあるものの、途中で折れ曲がっていて、「尾曲がり猫」と呼ばれていました。金運や幸運を引っかけてくるといった言い伝えがあります。

また、しっぽが曲がっている猫は猫又になりにくいと言われていたことも、江戸時代に尾曲がり猫が好まれた理由でしょう。江戸時代の猫は庶民に深く愛されていて、「こんなにかわいいのは妖怪だから?」「こんなに気まぐれなのは妖怪だから?」と疑念を起こさせるほどだったよう。かわいがる気持ちと妖怪を恐れる気持ちが、短いしっぽが好まれた理由かもしれませんね。

かぎしっぽも劣性遺伝ですが、短いしっぽと同様に選択して繁殖させたため、江戸時代には比較的多くのかぎしっぽの猫がいました。

かぎしっぽはあの県に多い!?

現在でも長崎県の猫は尾曲がり猫が全体の8割だそうです。長崎の尾曲がり猫にはかぎしっぽのほか、短いしっぽやお団子しっぽも含まれていますが、それにしても8割とは驚きの数字です。長崎に古くから住んでいる人のなかには、猫のしっぽは本来曲がっていて、長くまっすぐなしっぽの猫は外来種だと思っている人もいるのだとか。

これは、鎖国していた江戸時代、長崎のみがオランダ船経由で東南アジアと貿易できたことに由来するようです。東南アジアには尾曲がり猫が多く、現地で船に乗せられ、降りた長崎で繁殖したと考えられます。

最初に猫が渡ってきたのは中国からでしたが、その中国では尾曲がり猫が少なく、希少な存在だったそうです。

江戸時代から続く日本猫が絶滅の危機!

こうして、いわゆる「日本猫」は、江戸時代に形ができました。

時代が進んで第二次世界大戦後、日本には進駐軍によってシャム(サイアミーズ)ペルシャなどの猫種がもたらされました。今まで日本にいなかったゴージャスな容姿の猫は人々の心をつかみ、爆発的な人気を博します。当時の猫は放し飼いが当たり前だったため土着の日本猫との混血が進み、江戸時代にもてはやされた短いしっぽも混血によって減少していきました。

1960年代、一般的すぎて注目されていなかった「日本猫」にアメリカのエリザベス・フローレットが目をつけ、アメリカでの繁殖計画が始まりました。しっぽの短い日本猫にはジャパニーズボブテイルの猫種名がつき、CFAで公認されています。ちなみに、ジャパニーズボブテイルはあの人気キャラクター「ハローキティ」のモデルなんですよ。

国内ではどんどん数を減らしている日本猫。江戸の昔から日本になじんできた日本猫がいなくなってしまうのはもったいなく、残念なことです。何かしらの対策が待たれます。

まとめ

江戸時代、猫は爆発的なブームを起こし、縁起物としても大切にされてきました。あの短いしっぽには、江戸時代の庶民の、猫をかわいがる気持ちと幸せに暮らしたいという思いが込められているんですね。
今では数が少なくなってきている日本猫ですが、ぜひとも江戸から続く歴史をつなげたいものです。

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