神聖視されていたシーズー

地理的に隣接し、仏教を通して古くから交流があったチベットと中国。
チベットの僧院から中国の王侯貴族(明や清)へと、長年ラサアプソが贈られてきました。当時、ラサアプソは「神の使い」として神聖視されており、「魔除け」として献上されたという訳です。

シーズーのルーツとなった犬は、王宮内で育てられていたペキニーズと、献上されたラサアプソが交配して誕生したと言われています。

政争に翻弄されたシーズー

シーズーという名は、中国において「獅子狗」(シーズークゥ)と呼ばれていたことに由来があります。獅子は中国において最も尊ばれた動物ですから、いかにシーズーが尊ばれていたかが伝わってきます。実際、僧院から王宮へと贈られたシーズーは、聖なる存在=守り神として門外不出とされました。

特に、清王朝末期の権力者であった西太后(1861-1908)の時代に寵愛され、王宮内にて大切に飼育されました。現在で言う純血種のごとく、長い時間をかけて特徴が固定化されていったのです。

その後、19世紀後半に勃発したアロー戦争(第二次アヘン戦争)により、清王朝の王宮が占領されます。占領の際に、王宮のシーズーは多くが命を落としてしまいます。ですが、一部は犬好きのイギリス人の手により保護されました。

渡英した個体と、アヘン戦争以前に清王朝から英国の王侯貴族に贈られていたシーズーが土台となって、シーズーは繁殖の道を歩みはじめました。

ひとくくりにされていたラサアプソとシーズー

1930年に渡英したシーズー。当初は、よく似た特徴を持つラサアプソと混同され、ひとまとめに「アプソ」というくくりで明確に種別されないまま年月が経過します。

しかし、その後ラサアプソと明確に区分し、計画的な繁殖を行うことになります。1934年には、英国ケネルクラブにて犬種登録(※)。ひとつの犬種として、シーズーの歴史がスタートします。
※当初は「チベタンライオンドッグ」の名で登録され、その後改称

アメリカと日本における扱いは?

一方で、アメリカには1938年にシーズーがイギリス経由で渡ります。しかし、ラサアプソが「シーズー」としてすでに登録されていたため、長きに渡り混同する状態が続きました。

しかし、ラサアプソのマズル(鼻口部)の正しい長さについて「鼻論争」とも呼ばれる論争が起こり、その結果短い長さのマズルを持つ個体はシーズーとして扱うことに決まり、1969年にアメリカでも、ラサアプソと区別して犬種登録されることになります。

ちなみ、日本にシーズーが渡ったのは1963年頃。日本では、ラサアプソと比べシーズーが圧倒的に登録数を伸ばしています(2018年JKC「犬種別犬籍登録頭数(1~12月)」では、シーズー9,417頭・ラサアプソ33頭)。

成熟したシーズーの性格

日本国内で、シーズーは人気の高い犬種のひとつ。近年の犬種別犬籍登録頭数は常に10位以内にランクインしています。

長い毛や大きな目によるかわいらしい表情に加え、気質が安定しているため飼いやすいということが大きな魅力に映るようです。

活発で陽気、でも穏やかで静か。家族やこどもと友好的に接し、特に必要のないときは淡々として落ち着いているため、無用なストレスを抱え込まず、環境の変化にも強い成熟した性格を持っています。

愛玩動物として、家族犬として。どんな世代にも対応できる犬種です。

まとめ

神聖視され大切に扱われながら、国際的な政争のなかで翻弄されたシーズー。ラサアプソとの混同など紆余曲折を経て、現在では一犬種としての地位を確立しています。遠い昔から現在にいたるまで愛されてきた理由は、成熟した性格による飼いやすさにあるのかもしれません。
 執筆者プロフィール
『みんなのペットライフ』編集部スタッフが、わんちゃん・ねこちゃんの飼い方、しつけのアドバイスなど、毎日のペットライフに役立つ知識や情報をお届けします。

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